【再現答案】令和4年司法試験刑法

1,まえがき

 

略歴等を簡単に載せておきます。

見て頂くとわかる通り、過程においても本番においても、いわゆる中位合格者ということになるのだと思います。

最終的には本番の答案に表現できたものが全て、というのはあるんですが、何らかの目安となれば幸いです。

 

 ⑴ 経歴

 ・中堅(?)私大法学部卒業(2020年3月)

 ・早稲田大学大学院法務研究科 既修者コース修了(2022年3月)

 ⑵ その他

 ・ロースクール入試:中央(半額免除)、早稲田

 ・予備試験:R1、R2、R3いずれも短答落ち

 ・ロースクール成績:席次上位約38~45%を推移

 ・3月TKC模試:総合D、論文E(上位約70%)

 ・司法試験:短答200位台、論文700位台、総合600位台

 

2,再現答案

 作成:2022年5月下旬

 評価:A

 

令和4年刑事系司法試験第1問

第1, 設問1

 1, ⑴の主張の当否

 ⑴ 横領罪(刑法252条1項)は、「自己の占有する」「他人の物」を「横領」する行為に成立する。甲はAから依頼されて本件バイクを自宅のガレージで預かり、これに対する「占有」を及ぼしているから、本件バイクが「他人の物」にあたる場合には、これを「横領」する行為に横領罪が成立する。

 ⑵ ⑴の主張に対しては、本件バイクはAが所有者であるBに無断で持ち去った物であって盗品にあたり、Aが本件バイクについて民事法上正当な権限を有する者ではない以上、Aに財産的損害が生じていないとして、甲に財産犯である横領罪が成立する余地はないとの反論が考えらえる。もっとも、刑法における財産罪の保護法益は、静的な財産秩序の維持にあるから、委託者が受託者に預けた物について正当な権限を有していなかったとしても、当該物は横領罪の客体とすべきである。現実の財産状態を保護することで自救行為によって生じる弊害が防止できるし、財物の真の権利者の保護については、民事訴訟等の手段によって代替できるからである。したがって、盗品である本件バイクであっても「他人の物」として、横領罪の客体とすべきであるから、甲が本件バイクを「横領」した場合、当該行為には横領罪が成立する。

 2, ⑵の主張の当否

 ⑴ 「横領した」とは、占有する物についての不法領得の意思の発現行為をいう。横領罪における不法領得の意思は、委託の趣旨に背いてその物の所有者でなければできないような処分をする行為をいう。⑵の主張は、甲が本件バイクを隠した行為が、本件バイクの所有者でなければできないような処分であって不法領得の意思の発現にあたる行為であるとするものである。しかし、横領罪の領得罪としての性質に鑑みると、不法領得の意思にあたって要求される処分意思は、行為者が当該委託物から何らかの効用得ることについてまで意図していることが必要であると解すべきであるから、そのような意図なしに行った行為については、不法領得の意思が認められず、「横領した」とはいえない。

  甲は、本件バイクを預かっている期間に些細なことからAと言い争いになり、専らAに嫌がらせする意図で本件バイクを隠匿しており、隠匿した後にどのように処分するかなどについては何ら検討しないまま行為に及んでいるから、本件バイクという物の効用を何らかの形で享受する意思を有していなかったといえる。したがって甲には不法領得の発現行為があったといえず、甲の行為は「横領した」場合にあたらない。よって甲には同罪が成立しない。

第2、 設問2

 1、 Aの右上腕部に本件ナイフを突き刺した行為

 ⑴ 乙は上記の有形力行使によってAの右腕部に加療3週間の傷害を生じさせている。かかる行為は人の身体機能に傷害を加えるものとして、傷害罪(204条)の客観的構成要件を充足する。

 ⑵ 乙は⑴の自身の犯罪事実につき認識、認容しているから、傷害罪の故意(38条1項)が認められる。

 ⑶ 正当防衛(36条1項)の成否

 乙は、甲の生命、身体という「他人の権利」を防衛するために上記傷害行為に及んでいるから、正当防衛として違法性が阻却されないか。

 正当防衛において要求される「急迫不正の侵害」とは、防衛対象に対する法益侵害結果が現に生じている場合又は侵害の危険が間近に差し迫っていることをいう。36条1項の趣旨は国家権力による救済を待っていたのでは十分な法益の維持、回復を図ることが困難であることから、自力救済禁止の原則に対する例外を認める点にある。したがって、法益に対する侵害が生じるおそれを当該法益主体が認識していた場合に、侵害行為者から侵害行為を受ける可能性についての予見の程度、予見された侵害場所に出向く必要性、相手方からの侵害に乗じて積極的に相手方に加害することを意図していたか否かなどの事情を総合的に考慮し、同項の上記趣旨から反撃に出ることが妥当でないと解される場合については、侵害の「急迫」性を否定し、正当防衛の成立を否定すべきである。

 本件において、Aの暴行の対象である甲は、自身がAから預かっていた本件バイクについて「あのバイクはここにはないよ。ざまあみろ。」などとAに伝え、本件バイクを委託していたAを挑発するような態度をとっている。甲は、Aが高校時代から短気で粗暴な性格をしており、怒りに任せて他人に暴力をふるうことが数回あったこと知っており、上記のようにAの怒りを買った場合、Aが自身に暴行を加えてくる可能性が相当程度あることについて認識、予期していたにもかかわらず、自身も頭に血が上っていたことから、本件包丁という凶器を携帯してAに危害を加える意図で現場に向かっている。また、Aと上記のやり取りを交わしたのは電話越しであって、Aから指定されたC公園とは場所的離隔があり、甲がC公園に出向く前に警察に通報するなどの手段をとることなく、予期された侵害現場に出向く必要性は高くなかったといえる。これらの事情を踏まえると、甲には緊急状況における自力救済禁止の例外として反撃行為が正当化される「急迫不正」の侵害があったとはいえない。よって、乙の行為は正当防衛によって違法性が阻却されない。

 ⑷ 誤想防衛の成否

  乙は、甲A間の上記の経緯を認識していなかったゆえに、甲の生命身体に対する危険についての急迫性が認められないことを認識しえないまま上記行為に及んでいる。したがって乙の主観においては、甲の生命身体に対する侵害の危険が現に生じているものとして、「急迫不正の侵害」が認められる。こうした違法性阻却事由が存在するとの認識で行為に及んだ者については、行為についての反対動機が形成できない以上、故意責任を否定すべきである。そこで、乙の主観において、乙の行為は急迫性要件以外の正当防衛の他の要件を充足したものであったか否かについて検討する。

 乙は、上述の通りAによる暴行から甲を守るために上記行為に及んでいるから、防衛の意思で行為に及んだものといえる。

 「やむを得ずした行為」とは、侵害を回避するために必要最小限度の行為にとどまっている必要がある。もっとも、正当防衛状況は正対不正の関係を規律する者であるから、厳格な法益の権衡までは要求されず、防衛行為によって回避しようとした法益侵害の程度と、防衛行為によって生じた法益侵害の程度を比較して、相当な範囲にとどまっていればなお「やむを得ずした行為」にあたる。

 乙は、Aが甲の顔面に対しこぶしを振り上げている状況に居合わせており、甲が一方的に攻撃を加えられていると認識しており、甲が本件包丁を所持していたことについては認識していないから、甲の生命身体に対する侵害を回避するため、自らがAに暴行を加える必要性が高い状況であったと考えてもやむを得ない面がある。しかし、甲乙Aはいずれも20代の男性として年齢、体格に差はなく、乙が甲に加勢した場合、甲乙対Aの2対1の構図となる。また、乙の行為は、刃体の長さが18cmある本件ナイフという、暴行の対象者の生命身体に著しい危険が生じる恐れがある凶器を用いられているのに加えて、視界の悪い夜の公園において、背後からの予告のない刺突という、Aによる回避が困難な極めて危険な態様で行われている。こうした乙の行為態様を踏まえれば、その刺突が右上腕部という身体の枢要部を外した攻撃であって、生命侵害の危険性が比較的小さい攻撃であることを考慮してもなお、侵害を避けるために必要最小限度の行為にとどまっているものと評価することは困難といえる。よって、「やむを得ずした行為」とはいえないから、乙の行為に誤想防衛は成立しない。

 ⑸ 以上から、乙にはAに対する傷害罪が成立する。もっとも、誤想防衛については行為の相当性以外の要件を充足しているから、誤想過剰防衛として36条2項を類推適用し、その刑を任意的に減軽又は免除することができる。

 2, Dに無断で本件原付を発進させた行為

 ⑴ 上記行為はDが所有する「他人の財物」を「窃取」する行為として、窃盗罪が成立しないか。「窃取」とは、占有者の意思に反して「他人の財物」の占有を自己又は第三者の占有下に移転させる行為をいう。ここでの被害者の占有の有無は、当該財物に対する事実的支配、すなわち物理的、心理的な支配が及んでいるか否かで決する。

 Dは自身の宅配業務の遂行のため、マンションの敷地内に立ち入っていたため本件原付を道路脇に停めたままにしている。ここでの駐車は配達のための短時間のものであり、場所的な離隔も短く、Dは配達が完了し次第再度本件原付に乗って業務を再開することを意図していたといえるから、依然としてDは本件原付に対して物理的、心理的な支配を及ぼしていたといえる。したがって、本件原付はDの占有下にあったものと認められる。

 乙は占有者であるDに無断で本件原付に乗って現場を走り去っているから、占有者であるDの意思に反してその占有を自己の下に移転させたといえる、よって、上記行為は「窃取」にあたる。乙はこうした自身の犯罪事実について認識、認容しているから、同罪の故意(38条1項)も認められる。

 ⑵ 不法領得の意思

 毀棄罪等との区別、および窃盗罪の領得罪としての性質上、同罪の成立には①財物の権利者を排除して、②当該財物から何らかの効用を得ようとする意思、いわゆる不法領得の意思を持って窃取行為を行うことが必要である。乙は、本件原付を走行させて現場から離れることで、Dによる本件原付の利用を排除している(①)のみならず、自身がBから逃げ切るため、本件原付が有する走行機能を用いてその場から走り去っているから、本件原付の効用を得る意思で行為に及んだといえる(②)。したがって、乙には不法領得の意思が認められる。

 ⑶ 緊急避難(37条1項)の成否

 乙は、Aから殴る蹴るなどの暴行を加えられることを避けるため上記行為に及んでいるから、緊急避難の成立によって窃盗罪の違法性が阻却される。「現在の危難」が生じているといえるからである。よって乙には窃盗罪が成立しない。

3, 以上から、乙にはAに対する傷害罪のみが成立する。

以上

 

3,採点実感を踏まえた実感

余裕があれば(ありますか?)追記します。

 

【再現答案】令和4年司法試験商法

1,まえがき

 

略歴等を簡単に載せておきます。

見て頂くとわかる通り、過程においても本番においても、いわゆる中位合格者ということになるのだと思います。

最終的には本番の答案に表現できたものが全て、というのはあるんですが、何らかの目安となれば幸いです。

 

 ⑴ 経歴

 ・中堅(?)私大法学部卒業(2020年3月)

 ・早稲田大学大学院法務研究科 既修者コース修了(2022年3月)

 ⑵ その他

 ・ロースクール入試:中央(半額免除)、早稲田

 ・予備試験:R1、R2、R3いずれも短答落ち

 ・ロースクール成績:席次上位約38~45%を推移

 ・3月TKC模試:総合D、論文E(上位約70%)

 ・最終成績:短答200位台、論文700位台、総合600位台

 

2,再現答案

 作成:2022年5月下旬

 評価:B

 

令和4年司法試験民事系第2問

第1、 設問1

 1、 Dとしては、甲社が定款を変更して取締役の任期を1年に短縮し、その選任を株主総会決議の議題として自身の信任を問われることで同社の取締役としての地位を失った一連の経緯が、「正当な理由」のない解任行為(会社法339条2項)であるとして、甲社に対して解任によって自身に生じた損害の賠償を請求することが考えられる。

 2、 取締役の任期について

 ⑴ 甲社は会社法上の公開会社(2条5号)ではない取締役会設置会社であるから、その定款によって、取締役の任期を選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する株主総会終結の時までとすることができる(332条2項、1項)。また、同条1項の定める任期より短い期間の任期を定めることもできる(同項かっこ書き)。したがって、甲社の一連の定款変更(事実3および事実6)の内容自体は、いずれも適法である。

 ⑵ 取締役と会社の関係

 取締役は会社の役員であって、株主総会決議によって選任され、その者が会社の取締役となることを承認することで就任する(329条1項)。株式会社と役員の関係は、委任に関する規定に従って規律される(330条、民法643条以下)から、上記の選任及び就任についての承認によって、会社と当該取締役との間で委任契約が締結されることとなる。

 ⑶ 委任契約の内容

 以上の点を踏まえると、各取締役は株主総会の選任決議によって、取締役としての報酬を会社に対して請求する権利を取得することとなる。そして選任された者は、その時点における報酬等の条件を踏まえて取締役に就任するか否かを判断するのであるから、就任時に契約の内容となった報酬や任期について当該役員が有していた信頼を保護すべきである。

 Dは、平成30年6月の株主総会において甲社の取締役に選任され就任している。その時点での甲社の定款によれば、取締役の任期は選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する株主総会終結の時までとされていた。また、甲社は以前から乙社出身の取締役を選任する慣行があり、慣行に従って選任された取締役についてはその任期を4年とする運用がされていた。そして、Dの選任は、Dが乙社に長年勤務していた者であることに着目したAの勧誘によってなされているところ、その際にAはDに対して乙社出身の取締役の任期についての上記運用をDに説明している。Aの説明を受けたDは、甲社取締役に就任すれば乙社の従業員として定年まで勤め上げるよりも1年長く安定した収入を得られると考え、その旨をAに伝えた上で就任を許諾している。こうした就任の経緯を踏まえると、甲D間の委任契約は、Dが従来の慣行通り乙社出身枠の取締役として4年の任期で就任することがその内容となっていたといえる。したがって、甲社取締役の任期を1年とした定款変更によってDの任期が短縮され、それに伴ってDが再任されなかった本件は、実質的には当初の委任契約の内容に沿わない期間によってDの取締役としての地位を失わせるものであり、実質的な株主総会決議による解任であると捉えるべきである。

 3, 「正当な理由」の有無

 役員の解任によって生じる会社の損害賠償責任が免除される「正当な理由」とは、当該取締役が取締役としての注意義務(355条)を怠って会社に損害を生じさせるなど、上述した役員の契約内容に対する信頼の保護よりも会社株主等の利益を保護する必要性が高いといえるだけの理由をいう。本件におけるDの実質的解任は、Aら他の取締役とDとの間で経営方針の対立が生じていたことを理由とするものであって、Dの取締役としての義務違反によって会社に損害が生じたというような事情はない。したがって、「正当な理由」のない解任にあたる。

4, 以上から、Dは甲社に対して、当初の契約内容が維持されていれば得られたであろう利益、具体的には令和2年7月から令和4年6月までの残期間24か月の取締役としての報酬960万円を損害賠償として請求することができる。

第2、 設問2

 1, 株主代表訴訟においては、当該株式会社の「役員等の責任を追及する訴え」(847条1項)を会社に提起させ、又は自ら提起する(同条3項)ことができる。戊社の株主Jとしては、同社代表取締役のGの業務執行行為、具体的には本件事業譲渡契約の締結を決定したことが同社の役員としての任務懈怠行為であると主張して、423条1項責任を追及することが考えられる。

 2, 役員の会社に対する損害賠償責任(423条1項)は、①任務懈怠の存在、②損害の発生、③①と②の因果関係があることで認められる。

 ⑴ 任務懈怠(①)

 Gは、戊社の代表取締役として会社に対する忠実義務及び善管注意義務を負担している(330条、355条)。事業譲受契約の締結は、会社の経営状態および会社資産に及ぼす影響が大きい業務執行行為であるから、それを行う取締役であるGは、契約締結によって生じるリスク等について調査を行うなどして、損害を防止するために必要な手続を履践すべき義務を負っていた。にもかかわらず、それを怠っておよそ合理的でない業務執行行為に及んだといえる場合には、会社に対する忠実義務および善管注意義務に違反する業務執行行為として、「任務を怠った」といえる。

 本件事業譲渡契約締結にあたってGは、同社取締役のHから、乙社の日用品事業の業績が芳しくないなどの疑いがあり、事業譲渡実務上広く行われているデュー・ディリジェンスを行うべきであるとの進言を受けている。進言は弁護士等の専門家による裏付けがある旨についてもGは認識していた。そして、実際にデュー・ディリジェンスが行われていれば、乙社の事業の在庫価値が落ちてきていること、その製品に知的財産法上の問題があることなどのリスクを発見することが可能であった。こうした事情にもかかわらず、Gはデュー・ディリジェンスを行わなかったのであるから、特段の合理的事情がない限り、調査を怠った点について注意義務違反があったといえる。また、Gは戊社の親会社である甲社から、本件事業譲渡契約を迅速に進めなければGらの再任がない旨をほのめかされていることから、自らの保身という会社利益に繋がらない不当な動機でデュー・ディリジェンスを行わなかったことが推認される。なお、Gらは本件事業譲渡契約の締結と親会社である甲社の利益が密接に関連していることから、早期の締結をする必要性がある旨を主張している。しかし、甲社を介した戊社への間接的な影響を過大に重視し、より直接的な影響である戊社自身に生じるリスクを軽視して行う経営判断は、上記の不合理性を覆すほどの理由とはならない。したがって、調査を怠ったことについて特段の合理的理由があったといえるような事情はないから、Gの上記業務執行は戊社取締役としての「任務を怠った」ものといえる(①)。

 ⑵ 戊社は、Gの上記の義務違反によって、本件事業譲渡契約締結によって乙社から事情を引き継ぎ、それによって高くとも1000万で購入できたはずの乙社事業を4000万円で購入することになっているから、①によってその差額3000万円の損害が生じている(②、③)。

 3、 以上から、Jの株主代表訴訟によって、戊社はGに対して3000万円の損害賠償請求をすることができる。

第3、 設問3

 1, 乙社が丁銀行に対して負担する残債務は、本件事業譲渡契約によって戊社に譲渡された乙社の日用品事業によって生じたものである。もっとも、乙戊間の譲渡においては、同事業についての資産は譲渡の対象とされたものの、負債は対象とされていなかった。

 乙社が丁銀行に対する本件債務を負担したのは、本件事業譲渡契約締結前であるから、負債について譲渡しないこととされた同契約によって債務は戊社に移転しない。したがって、丁銀行は戊社に対して当該残債務の支払いを請求できないのが原則である。

 2, 22条1項類推適用

 ⑴ 本件事業譲渡契約においては、乙社が日用品事業において用いてきた登録商標Pを戊社が使用することを認める旨の合意をしている。そこで丁銀行としては、譲受会社である戊社が譲渡会社の「商号を引き続き使用する場合」と類似の状況が認められるとして、22条1項を類推適用し、戊社に対して本件残債務の支配来を請求することが考えられる。

 ⑵ 22条1項は、譲渡会社の事業によって生じた債務を引き継いでいるか否かは第三者視点から判別することが困難である以上、譲受会社が譲渡会社の債務も引き継いだものと認識するような事業運営の外観がある場合には債権者の保護を図るべきとの趣旨で設けられた規定である。そこで、商号を引き続き使用する場合と同程度に、営業主体に連続性があると認識されうる外観で事業を継続する譲受会社に対しては、譲渡会社の債権者は債務の履行を請求できると解する。

 戊社は、その経営するスーパーマーケットにおいて、登録商標Pを描写した看板を複数の入り口に掲げた上で事業にかかる日用品を販売している。また同社のウェブサイトにおいては、Pを戊社スーパーで取り扱う旨の宣伝を掲載している。こうした事情からすると、戊社は乙社が使用していた商号を継続して使用していたわけではないものの、Pを利用した乙社事業のブランドの顧客誘引力を用いてその事業を引き継いでおり、営業主体に連続性があると認識されうる外観で事業を継続しているといえるから、22条1項の類推適用が認められる。

 ⑶ 以上から、丁銀行は戊社に対して、乙社が日用品事業において負担した借り入れの残債務の履行を請求することができる。

以上

 

3,採点実感を踏まえた実感

余力があれば追記します(行けたら行く論法)。

 

 

 

 

 

日記の続きを書くはずだった

 

 

「エレベーターのボタンが苦手なんだ。いま建物の2階にいる。目的地は1階だ。1階に降りるために押すべきボタンは『↓』だよね。でも僕はそれをよく間違える。少なくない確率で『↑』を押してしまう」

「何をそんなに迷うことがあるの?」

 彼女は薄手の白いシャツのような羽織物を脱いで、イエローのTシャツの上から”それ”を襷のように巻きつけた。着る物についての僕のボキャブラリーは驚くほど少ない。「それ」について、詳細に描写できない自分を発見する。

「いまエレベーターが1階にあるね。そんなとき僕は無意識のうちに、『エレベーターを2階に呼ばないといけない』と考えてしまうんだ。エレベーターの動きを基準として押すべきボタンを決めてしまう、と言った方がいいかもしれない。そうすると僕が1階に行きたいか3階に行きたいかは関係なく、2階にいる僕が押すべきボタンは『↑』になる」

 僕は短いため息をついて、目の前にある「↓」ボタンを押した。同伴者がいると間違いが少なくなるようだ。エレベーターに乗り込む彼女の足取りは軽い。

「私はそんな風に考えたことはないけれど」

彼女はこちらを見ずに、エレベーターの窓から見える遠くの雲を見ながら言った。

「きっとそれは、私が自分の都合のいいようにこの世界を見ているからなのかもしれない。でも、多くの人は私と同じように考えるんじゃないかな。ごく自然にエレベーターと同じ目線に立ってしまう人って、そう多くないと思うよ」

 扉が開いた。15時半を過ぎた豊洲はまだまだ日が出ていて、暖かい。昔から僕たちは天候を味方につけるのが上手い。

「なんというか、ヨシノらしくていいと思う。優しさだよね」

 それまで無表情で話していた彼女の表情が緩んだ。とりとめのない話にそれらしい意味を持たせる類の冗談が好きらしい。多分それは彼女が持つ最も素晴らしい資質の一つであって、僕が彼女から学んだ人生の楽しみ方の一つだ。なるほどそういうことにしておこう、と思う。

 僕たちはまだ新しい豊洲市場の建物を横目に、豊洲ぐるり公園まで歩いた。まっすぐ整えられたその道には、人通りというものがない。変化のない街並みに逆らわず進むと、前触れなく海が現れる。そのような視界の開け方を経験したのは、これが初めてだった。

「すごく…広い」

自然と口に出していた。僕の中の先入観はいつの日からか、「東京は狭くて当たり前だ」を超えて、「狭くあるべきだ」とまで思い込んでいたらしい。

彼女の顔は見えなかったが、得意そうな顔をしていることは何となく伝わってきた。各地のこういった海をいくつも知っているのだろう。

「働き始めて、趣味を聞かれることが増えたんだ。だけど私は何と答えていいのか、今でもわからなくて。でも間違いなく言えるのは、私はこういった散歩が好きってこと。じゃあそう言えばいいじゃないか、って思うかもしれないけれど、これが案外難しいんだよね。その手の質問者はきっと、私にもっと具体的なエピソードを要求している。だからこそ、回答としては不合格で…」

彼女にとってこの散歩は、日常の営みだけでは汲み取れないものたちを目一杯インプットする時間になっているのだな、と思った。戻ってきた雨雲たちが、僕たちを刺す日差しを心地よく弱めてくれる。

 

 

僕たちは公園内の景色が見渡せる階段に腰を下ろして、海を眺めた。買ってきたスターバックスのフラペチーノを飲む。なんだか、日々のいろいろなことがどうでもよくなってきた。

「8号館の図書館は、地下2階にあって、少し暗いんだ」

僕は脈略を無視して言った。

「図書館は過去との対話ができる場所なんだと思う。現在という瞬間の連続から僕たちが学び取れることは限られている。だから、過去に存在する他人との対話に時間を費やす必要がある。もちろんそこにどれくらいの時間を割くか、それは人それぞれであるべきだと思う。その上で僕は、20代前半の2年間をそうやって使うことが、僕らしい生き方に合致した選択だと思ったんだ。これといった根拠はないけれど、何故だか確信している」

 彼女は持ってきた「写ルンです」を構えて、レインボーブリッジ側の景色の写真を撮りながらそれを聞いていた。相槌が少ないほうが話しやすい。

「でも、そればかり続けていると、自分がどこにいるのかよくわからなくなっちゃうんだよね。そういうとき、誰かに知らない場所に連れ出してもらえると、現在にはっきりと戻って来れる気がする」

「つまり?」

放っておくと行ったり来たりしてしまう僕の話に、一応の着地点を用意するかのように彼女は尋ねる。

「今日ここに連れてきてくれてありがとう。今自分が自分の人生を生きているということが実感できた」

いい友だちだ。

「それはよかった」